ヴォーリズ建築 旧 佐藤久勝邸(旧 前田邸)

【追記】 2021年8月29日現在の様子を追加記述しました。訪問と写真撮影は2014年10月27日です。

以前の記事

旧八幡郵便局 7月20日今日この頃
近江八幡市で開かれていた金澤翔子の書展を見に行って(別記事金澤翔子 特別展 於近江八幡で紹介)帰ろうとして出たところ、直ぐ斜め前に写真の建物がありました。旧八幡郵便局〔1921(大正10)年築〕です。 ウ...

で紹介したように、ヴォーリズ建築はビル・教会・学舎など公共建築物がよく知られていますが、実際は住宅も多く164棟も確認されています。ただ、個人が住んだり所有されていることが多いので見学できる機会が少ないのです。

今回、持主の好意で貴重な「旧 佐藤久勝邸」(旧 前田邸)を見学することができましたので紹介します。(2017年10月27日)

旧 佐藤久勝邸とは

旧 佐藤久勝邸はヴォーリズの活動拠点であった滋賀県近江八幡市の旧市街のはずれ(土田町)にあり、昭和6年(1931年)築のスパニッシュ・スタイルの木造2階建て、国の登録有形文化財になっています。
立体芸術の天才と言われ、ヴォーリズ氏の片腕だった建築部員、佐藤久勝氏が自らのために建築したが、竣工後すぐ急逝されたので同僚だった前田氏とそのご子息典夫氏が引き継いでおられた。

2013年に前田典夫氏が逝去されました。その後は宮村氏が譲り受けて整備されおり、普段は非公開ですが、今回個人的に特別に見学させて頂くことができました。

旧 佐藤邸をつぶさに見学

アプローチ

近江八幡市街に続く住宅街の細い曲線道を行くとそれはあった。

通用口から佐藤邸を望む

通用口に車を止めて見ると、写真のように600坪はあろうかと思われる広い敷地に緑に囲まれてたたずむ。 敷地内には木々が茂り、春は桜、これからは紅葉が美しくなる。元は林を切り開いて造成されたようだが、今では周囲の土地は宅地開発されて一般的な住宅に囲まれている。

広い庭と邸宅2
通用口から見た建物遠景

門とアプローチ

正面にまわると下の写真のように立派な門が出迎えてくれた。

オリジナルの門扉は朽ちてきたので今回特注して修復されたそうだ。使用できる金具はそのまま再利用し、オリジナルに忠実に再現された。木部は栗の木で写真を拡大するとわかるが、表面に凹凸がついている。

門扉の上から、奥の方を見ると遠くに玄関が見え、これから見る建物への期待が訪れるものをわくわくさせる。

門
門構え



 門を開けて入ると、玄関までの長いアプローチの小径が続く。この雰囲気最高です。

玄関へ向かう道
アプローチの小径



 いよいよ建物に近づき正面が見えてきました

建物正面
建物正面

建物を外から見る

玄関に行くのは楽しみに残し、まず外回りを見学します。

建物正面(南面)

正面中央に玄関、その右にはダイニングの窓、玄関の上に二階バルコニー、その右に八角形の小窓があります。 屋根は洋瓦で、しゃれた煙突も見えます。ダイニングの窓下に見えるアーチ状の石組みの下は池です。

玄関とダイニングの窓
玄関とダイニングの窓

更に右手に目をやると和室なのでしょう。掃き出しのガラス格子戸が見えます。

外から見る和室
和室

一方玄関から左手に目をやると、3連の雰囲気ある窓とその上に突き出た太い梁の木口が見え、更にその上の2階には斬新な丸い窓があります。

外から見える応接間
応接間とその二階

建物西側

正面から左手の建物西側に回ると、壁面と屋根瓦がスペイン風なのがよくわかります。ステンドグラスや、奥には突き出たベランダがあります。

西側壁面
西側壁面

ベランダを下から見上げながら進むと角にレンガ積みの塀がありました。その飾り模様は帆船のようです。

寝室のベランダを下から見る 帆船模様の塀
下から見上たベランダ(左)と帆船模様のレンガ塀(右)

裏手(北側)
建物北側斜め
見えてきた建物北側

レンガ積みの向こうにまわると、裏庭に面している建物北側が見えてきました。(右写真)

裏庭に出て建物全体を見たところが下の写真です。

  • アーチ天井の裏玄関ポーチ
  • 三段の階段テラス
  • 斜め3連の窓
  • 二階の八角形の飾り窓
  • 左端に見えるアーチの軒

などそれぞれによく、裏手にしては立派で正面側とは別の趣があります。

帆船模様のレンガ積みは階段テラスの両脇飾りだったんですね。


建物北側正面
建物北側全景

外玄関

正面に戻り、いよいよ玄関に向かいます。
下は玄関に近づいたところですが、扉の周りを囲むレンガ模様が特徴的です。

玄関
玄関

玄関扉には八芒星(ハチボウセイ、オクタグラム)の形の窓とその下にノック用鉄輪がありますが、近づくとその細工がよくわかります。

玄関扉 玄関扉の鶏
玄関扉

鉄輪取り付け部のデザインは嘴(クチバシ)からして鳥ですが、横から見ると鶏冠(トサカ)があるので鶏(ニワトリ)でしょう。 実際にこの鉄輪でドアを叩いてみると結構大きい音がしました。訪ねる方も上品にノックしなければなりませんね。

扉の前に立つと、両脇の壁には下のような絵柄の飾りタイルがあります。ドアをノックして待つ間しばし鑑賞なんておしゃれな配慮ですね。

玄関の飾りタイル左 玄関の飾りタイル右
玄関脇の飾りタイル

一階を見る

いよいよ家の中に入ります。

内玄関

中に入ると正面に手すりに太い材を使った重厚な曲がり階段があります。その登り口にある卍模様の飾り照明が美しいこと。

階段と飾り照明
階段と飾り照明

花台 
花台

階段の登り口の右側には大理石の花台があり、八芒星の模様がはめ込まれています。(右写真)

また、玄関ホール右側の壁にはマリア像らしきレリーフの飾りがあり、実に綺麗なまま残っています。(下写真)

玄関内側のレリーフ
レリーフ

実用面では、玄関の両脇や階段下に収納があり、使い勝ってもよく考えられています。

玄関横の履物収納 階段下の物置
玄関横の履物収納(左)と階段下の物置(右)

応接室
応接室本棚
本棚とステンドグラスの窓

玄関左手の応接室に入ると中央に暖炉がありました(写真下)。
もちろん飾りではなく実際に使用された跡があり、煙突も繋がってます。

応接室の暖炉
暖炉

奥には写真右のような書棚があり、その上にステンドグラスの窓ががあります。

このステンドグラスを拡大したのが下の写真です。大きな時計と椅子を抱えた引越しの様子です。この家か、もしくはこの家のモデルとなった家の引っ越しのイメージでしょう。真にすばらしい。
この写真の撮影は午前中でしたが、西に向いているので夕日で輝きを増すそうな。

応接室のステンドグラス
ステンドグラス

ダイニング

玄関から右への廊下の入り口に扉があり、その上に下写真の照明がありました。こちらは10角星の形です。

廊下の照明
廊下の照明

ダイニングの照明
ダイニングの卓上照明

廊下を進むと右手(南側)にダイニングルームがありました。

下の写真のようにこぢんまりしていますが、作り付けのベンチ椅子の食卓と食器棚が配置され、いい雰囲気です。 窓を開けると玄関前の小径が見えるので、訪問客がわかるでしょう。 食卓の上の照明も凝っていて、拡大したものが右の写真です。 食器棚の中央のスペースは、台所に通ずる配膳窓になっています。

ダイニング
ダイニング

キッチン

隣の部屋のキッチンを見ます。 既に今で言うシステムキッチン風になっています。配膳窓のキッチン側はなるほどこうなっているんですね。

キッチン キッチンからみる配膳窓
今で言うシステムキッチン(左)とダイニングへの配膳窓(右)

和室
折れ雨戸
折れ戸式の雨戸

次に、廊下を更に東に進むと右手(南側)に二間続きの和室がありました。

下の写真がその様子ですが、囲炉裏(イロリ)まであったようでこれだけ見ているとまるで普通の日本建築である。ただ、唯一欄間(ランマ)が一般的な和風の物ではありません。

右の写真はガラス戸と雨戸の様子です。 雨戸が一般的な引き戸ではなく、折れ戸になっているのが珍しい。

和室
和室

落ち着いた雰囲気の和室。縁側の向こうに広い庭がある

風呂
風呂
風呂

廊下の左手(北側)はトイレと風呂でした。  右が風呂の様子ですが、シャワーがあります。奥に見える扉はボイラー室である。

下の写真のように、手前に洗面台のある脱衣室があります。

風呂、シャワー、洗面台といい、当時のアメリカの近代設備・生活スタイルを直でこの田舎町に持ってきた感じがする。五右衛門風呂が一般的であった当時にしてみると、超近代的な洋風設備に驚いたであろう。

風呂と洗面所2
脱衣所の洗面

二階を見る

上から見下ろす階段
上から見おろした階段

次に、玄関から正面に見えていた曲がり階段を上がり、二階を見学します。

階段室は、階段に合わせた右手の窓から光を取り入れている。裏庭から斜めに連なって見えていた窓はこれだったんですね。

 
円形窓の部屋

階段を上った左手にトイレがありました。当時二階のトイレは珍しかったでしょう。

階段を上った正面の部屋に入ります。応接間の上にあたる部屋です。 部屋に入ると、外から見えていた丸い飾窓がありました。(下写真)

円形飾窓
円形飾窓

 
玄関上のベランダ
玄関上のベランダ

この部屋には玄関上のベランダへ出られる扉があります。 扉を開けると右のようにベランダがありました。

ベランダに出てみると、下の写真のように門に続くアプローチの小径を眺めることができます。 ここから手を振って遠来の客を出迎えたのでしょうね。

玄関上のベランダからアプローチを望む
アプローチを望む

 
2階奥の部屋入り口
2階奥の部屋入り口

部屋の北側は右の写真のように、奥にある寝室と思われる部屋への通路があります。

通路の左右は収納で、左側はこの部屋に扉が有りますが、右側は外の廊下側から利用できるようになっています。 それは押し入れ的なものではなく、きちんと引き出しが付いている作り付け収納家具でした。

 
八角形窓の部屋
西ベランダへの出口
西ベランダへの出口

奥の部屋に入ります。

入って左手(西側)に右のような扉があります。ここから、先ほど下から見上げていた西側ベランダへ出られるようになっています。

部屋の北側の壁には、裏庭から見えていた八角形の飾窓があります。下の写真のように、窓と窓から見える景色が実に美しい。 実は、この窓は痛みがひどかったため今回修復されたそうだ。何でもヴォーリズ建築修復を得意とする業者があるとか。

八角形の飾窓
八角形の飾窓

見学を終えて

我が家は田舎の二階建てですが、実は昭和7年築なので、この旧佐藤邸と同時期の建築といことになります。 洋風と和風の違いは前提ですが、このヴォーリズ住宅について気がついたことを我が家と比較の形で列記します。

  1. 装飾がすばらしい。
    これまで写真で紹介したとおりです。比較するのがおかしいが、我が家は床の間と襖ぐらいしかない。
  2. 作り付け収納等、実用的配慮工夫が多い
    便利になった現在の住宅スタイルがこの時代に(米では)既にできていたのだ。また日本の風土に配慮して、玄関を始め主な外に面した窓、扉には網戸が作り付けられている。 一方我が家は、田舎では典型的な田の字の和室を基本とし、作り付けの収納が少ない。網戸は一カ所につき引き戸一枚分だけで、冬は外しています。
  3. ほぼ全てのドアに鍵が付いている
    各部屋だけでなく、廊下の途中にある扉にまでほぼ全ての戸にに鍵が付いていました。これは日本人にとっては驚きだ。(もっとも海外ではめずらしくないことを最近知ったが)
  4. 設計図面が残っている
    これはうらやましい。修復時には大いに役に立っているだろう。当時の日本建築の場合施主に図面まで渡されることは無かった。

最後に、このようにすばらしい邸宅をつぶさに見ることができた私は真に幸運でした。貴重な見学をさせて頂いたことに感謝します。

旧佐藤久勝邸の現状【2021年8月追記】

この建物を維持されていた宮村氏ですが、先年お亡くなりになってしまいました。その後どうなっているのだろうかと思っていましたが、グーグルアースで下記衛星写真が見つかりました。

旧 佐藤久勝体の現状衛生写真(グーグルアースより)

茶色の屋根の建物がそれで、南の正門からの小道もわかります。駐車場を含んで、周りの民家に囲まれたほぼ正方形のエリアが敷地と思われます。

右の勝手口から入る庭が大きく変わっていて、中央にヘリポートのような目立つものがあります。グーグルで調べると、この模様は「シャルトル・ラビリンス」といい、円の中の曲がりくねった一本道を歩いて瞑想を行う「ラビリンス ウォーク」で使われる図柄の一種です。

このように旧佐藤久勝邸はアシュラムセンターの所有にかわっており、そのホームページによると2020年に宗教施設「シメオン黙想の家」として改修し、「よみがえった」そうです。

下記ブログに改装後の様子が紹介されています。

これを見ると、一口で言って風情がなくなってしまっており、「よみがえった」どころか「雰囲気ぶち壊し」てしまったと思います。特に植木伐採、駐車場、シャトルラビリンス、和室の前のテラス等の外構。

国の登録有形文化財になっているのは建物だったので庭は大変更が可能だったのでしょうが、建物と外構は一体です。現状はセンスが無くて残念でならない。

下は見学当時の玄関に向かうアプローチです。上記ブログの変更されたものと違い、道は土のままで脇には雑草が目立ちますが。私はこちらの雰囲気が好きです。

2014年見学当時の玄関に続くアプローチの小径

和室にも「東京インテリア」の家具を入れたそうですが、似合ってません。下は見学時の和室ですが、このの縁側にあるテーブルと椅子が似合っています。

2014年見学時の和室縁側

窓の向こうに見えている庭は今はもうなく、今風のテラスとラビリンスが見えるのだろう。

宮村氏が前田氏から譲り受けた当時は、かなり木々や草が生い茂っていたようで庭の整備・維持が大変だとおっしゃってました。しかし宮村氏は極力元の雰囲気が残るよう配慮されていました。例えば、前にも書きましたが、朽ちていた門扉を修理するにあたっても使用できる金具はそのまま再利用し、元と同じ栗の木で特注してオリジナルに忠実に再現したそうです。

人により感覚(センス)は違うと思いますが、私は現状が残念でなりません。

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